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イリュージョニスト
プロマジシャン
亜羅仁
あらじん(本名:高橋 孝一)
東京都中野区出身。相模原市東橋本在住。
(社)日本奇術協会会員。
15歳より舞踊の世界へ入り高校卒業と同時にプロダンサーになる。
1988年 渚マジックプロジェクト入社。
1991年 サンリオピューロランドレギュラー出演。
1992年 独立。KOHJI&マジックシーガル結成。
2000年 芸名を『亜羅仁』に改名。
現在、TV、舞台、ホテルディナーショー、レジャーランド、結婚披露宴、各種イベントで活躍中。


和妻(和風マジック) 亜羅仁&有加
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鳩、インコなど生き物を使ったマジックから日本調マジック、そして大道具を使ったイリュージョンマジックを手掛けるマジシャンが橋本に居る。幅広いレパートリーで日本全国で活躍中の亜羅仁の舞台裏に迫った。
ステージで繰り広げられる数々のマジックショー。手のひらから鳩が飛びだし、箱に入った人間が忽然と姿を消す。突然の出来事に誰もが息をのむ。もちろんタネがあるからマジックなのだが、それを感じさせない巧みな演出は、魅入る人々にいつも夢を与えてきた。これ程のマジックを披露出来るのだから、手先が器用なのかと思いきや、「私は不器用な方だったので、体で覚えるまで何度も練習しました」。
亜羅仁こと高橋孝一さんのマジックは、『ダンシング・マジック・イリュージョン』と呼ばれる、ダンスとマジックを組み合わせたもの。通常1名から4名編成のチームで活動する。亜羅仁さんは日本のダンシングマジックイリュージョンの先駆者の中の一人で、現在2チームしか活動していないそうだ。イリュージョンとは本来は幻覚や幻想を意味するが、マジック界では大道具を使用したマジックをイリュージョンと呼ぶ。カードやコイン、そして鳩の出現などの手先を使ったマジックはスライハンドと呼ぶ。
マジックには特許がある。イリュージョンの殆どは海外から輸入されるものが多く、大道具一つでも何百万円単位にもなる。現在使われていない道具の手入れも大変だ。放っておくとカビが生えてしまう。いつでも活躍できるように手入れは欠かさない。
◆ ダンサーからマジシャンへ
役者を目指していた亜羅仁さんは、稽古の一環として、15歳の時にバレエを始めた。その後、自然と舞踊の魅力に惹かれていき、日劇に毎日のように足を運んだ。プロを意識し始めたのもその頃で、高校卒業と同時にプロダンサーとなり、各方面で活躍するようになった。ある時、マジックショーにダンサーとして出演する機会があった。そこで見たイリュージョンマジックに惹かれた亜羅仁さんは、マジックへの転向を決意する。とはいうものの、そう簡単に体得できるものではない。プロダンサーとして当然認識はしていたが、マジックの場合、失敗は絶対に許されない。ネタが見えてしまったらそこで終わってしまう。それでも人間だから失敗もある。だからマジックでは、何らかの形で失敗をカバー出来ないようではプロとは言えない。毎日寝る間も惜しんで練習した。ある程度、これで行けると思ってから師匠に見てもらった。それでもOKはもらえない。「マジックにはこれで完璧、というのはないんです。数分の大道具マジックの演技を完成させるだけでも一年はかかりますから」。
何度となくやめたいと思ったことがあった。ダンスは体力だが、マジックは神経を使う。心身共にボロボロになり、何ヶ月も何もしないでいたことがあった。自分の不甲斐なさで、周りの先輩達が大きく見えてしまい、それが大きなプレッシャーになっていた。それでも完全に捨てきれず、海外のマジックを見て廻った。海外のマジックは日本と比較してもスケールの大きさが全く違う。
「自分が虫けらに見えました。まだこれからというときに、小さな事で悩んでいる自分が情けなくて。自分の好きな事だからこそ頑張れるんだと思いました」
92年に独立して『KOHJI &マジックシーガル』を結成。今年から芸名を『亜羅仁』に改名した。
「僕らの世界では名前はとても大事なんですよ。芸能人が名前を替えるように。鑑定の先生につけて貰ったのですが、なぜ『亜羅仁』なのかは分かりません。まだ何とも言えませんが、良い方向に向かっているようです。子どもうけもいい様ですから」
これからは海外にも積極的に進出したいという。「日本の伝統芸をもっと取り入れ、和風マジックを海外で披露したい。まだまだ勉強の毎日です」。
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