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クレー射撃 ダブルトラップ種目
井上 恵
いのうえ めぐみ 1973.4.27生
96年3月、武蔵野音学大学音楽学部器楽学科卒業(ホルン専攻)。日本オリンピック委員会(JOC)特別指定強化選手。相模原市上溝在住。
主な競技歴:
2000年6月 アジアクレー射撃選手権大会(フィリピン)2位
2001年5月 ワールドカップソウル大会 (韓国)9位
2001年7月 アジアクレー射撃選手権大会(タイ)7位
2002年8月 アジアクレー射撃選手権大会(タイ)7位
2002年9月 日本選手権大会ダブルトラップ種目 優勝
2002年10月 第14回アジア競技大会ダブルトラップ種目 個人5位 団体3位
2002年12月 ナショナルチーム派遣選考会 2位
※クレー射撃とは散弾銃を使い、主に石灰で作られたクレー(直径11cm、厚さ2.5cm、重さ105g程度の円盤状のもの)を飛ばし、これを射撃して割れた数によって勝敗を競う。種目によって撃てる弾数や標的の数、ラウンドの数が異なる。
| クレー射撃をはじめたときから目標はオリンピック出場でした。 |

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音大でホルンを専攻しトップで卒業、しかし現実と向き合うと壁に阻まれ試行錯誤を続ける自分がいた。クレー射撃はそんな時に世界という大舞台を用意してくれた。そこで迷う理由はなかった。
小さい頃から音楽の道を自然と志した。それは市内の中学校で音楽を教えている母親を見ていたからだ。武蔵野音大に進みフレンチホルンを専攻、トップで卒業するものの、世界のトップクラスに通用するのはほんのわずかな人のみ。現実は厳しい。
「自分の実力は自分が一番よく分かるんです。私にはちょっと無理かなって」
卒業後も一年ほど友人と演奏活動はしていたが、そこには釈然としない自分がいた。
◆ クレー射撃との出会い
ちょうど大学を卒業した年はアトランタオリンピックが開催された年だった。彼女があるテレビ番組をたまたま観ていた時のこと。オリンピックのクレー射撃で女子が初めて出場する、と紹介された。驚いたのはその紹介された選手の三浦佳子さん(旧姓・吉良)が、わずか3年ほどでオリンピック出場を決めたことだった。これなら自分もオリンピックへ行けるかも、直感でそう思った。とはいうものの、実際クレー射撃とはどういうものなのかすらよく分かっていなかった。さっそく家族に話してみると「何言ってるの?」と冷ややかな目線。それでも翌日には本屋へ行き、銃砲の資格を取るための本を購入。近くの射撃場へ問い合わせると警察署で免許を発行することがわかった。警察署の窓口では「女の子が銃を持つなんて危ないからやめた方がいいよ」と何度も言われたが、すでに彼女は決心を固めていた。
「今思うと、あの時の行動力は凄かったですね」
厳格な書類審査を通過し実技テストでは銃の取扱い説明を受け実射では25発中、2発当てれば合格という初めてにしては簡単。とはいえ撃った時の衝撃はかなりのものだ。
「試験の翌日は体中が痛くて動けなかった」
練習をはじめた頃は、女子のオリンピック種目はダブルトラップしかなかった。その大会が日本クレー射撃協会主催で近く開かれると聞き、また吉良選手も出場するとあって射撃仲間と見学に行くことに。その頃協会では、まだ世界でも層の厚くない女子を強化しようという動きが活発化していた。そこへ若い女の子が見学に来ていると知り、コーチが彼女たちに「君たち、オリンピックを目指してみないか」と誘われた。最初からオリンピックを目指していた彼女は即志願し、本格的にダブルトラップ競技を始めることとなった。
◆ 自分自身との闘い
クレー射撃はルール自体に男女の格差はほとんどない。スタートも横一線、免許が取得できる20歳以降から。そして試合では結果が全て。その一点に集中するが故に射撃は技術よりも9割5分がメンタルだといわれている。
「今日は駄目かな、と弱気になれば必ず成績に響く。常に安定した精神状態を維持し、100%の力を出せるようにしなければ。クレー射撃は自分自身に打ち勝つことが一番重要なんです」
自分への甘えは一切許されない世界。そのためか以前に比べ心も体も確実に強くなった。目標のアテネオリンピック出場まであと少しだ。
井上さんはアテネオリンピックに出場します。(2004年8月)
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