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この街・あの人・どんな顔      2004/02/05掲載

硝子職人親方 山本 直樹

やまもと なおき
1959年生まれ 京都府出身
神奈川県立相模台工業高校卒業。相模原市清新在住
(株)オハラに勤めた後、2001年に独立し有限会社硝子職人を設立。ガラスのオブジェなどの制作のほか、昨年から(株)古橋工芸社と業務提携を結び、墓石デザインも請け負っている。
プライベートでは、神奈川県バレーボール協会の理事長としての顔も持つ。妻、娘2人との4人暮らし。
■お問い合わせ
有限会社硝子職人/相模原市清新7-5-6
TEL&FAX 042-768-0229

他の人がつくらない物をつくりたい。作家・技術者というより「職人」でありたいですね。


親方の作品の一つ、福岡ル・アンジェ教会の十字架


照明を当てると幻想的な色合いになり真珠のネックレスがさらに引き立つ、宝飾用ディスプレイ。

 

 大きなガラス製の装飾物や照明器具を作る、「硝子職人」山本直樹氏。独立開業して3年、「社長」ではなく「親方」を自称する職人の心意気で、ガラスの魅力を地域にも広めようと活動している。


 京都生まれの山本さんは、小学4年生の時に神奈川に移り住み、相模台工業高校で化学を学んだ。高校時代はバレー部に所属し、部活動にも打ち込むスポーツ少年だった。

ガラスのオブジェ
 卒業後、相模原市小山にある、光学レンズなどのガラスメーカー・オハラに入社。技術者として勤めていたが、バブルがはじけ景気が下降し始めた頃、会社が多角経営に乗り出し、山本さんは新設された装飾物を作る部署に配属された。オハラの技術を駆使し、大きなガラス製のオブジェやインテリアをつくる業務。デザイン的なことにはあまり縁がなかったので、勉強のためにガラス工房やギャラリーを見てまわった。
 その努力の甲斐があり、目も肥えてきて、自分自身で遊びがてら「創る」ようになっていた97年、福岡で開かれた「長浜ランドスケープ・デザインコンペ」に個人で応募。500m×200mの敷地全体のデザインに、山本さんはもちろんガラスを巧みに取り入れ、これが何と採用となった。

独 立
 01年に、「他の人がつくれない、自分独自のものをガラスでつくりたい」と、自宅の庭先に工房を構え、(有)硝子職人を設立。本来は「社長」だが、名刺の肩書きは「親方」となっている。
「『職人』なんだから『親方』のほうがしっくり来るでしょう?(笑)」
 この肩書きも功を奏して、名刺を渡した相手には強く印象づけられるようだ。
 作品は、1m以上の大型のものが中心。教会の十字架やマンションのサインのほか、照明機器会社と提携しインテリア照明なども手掛ける。
 これまでに取得した特許や技術も活かされているが、その技術には、ガラスで「遊んで」いたときの偶然が生み出したものもある。偶然面白いものができると、それをもう一度つくってみる。実験と演習が重要な理系畑の山本さんならではだ。
 最近では小型の作品もつくり始め、トカゲをかたどった置き物などが、都内の高級ブティックから発注されている 
 起業して3年、事業は順調で多忙な日々だ。

硝子の魅力を伝える
 工房の扉に貼られた作品の写真を見て興味を持った人たちの要望を受けて、昨年、教室を開いた。14人の生徒が集まり、ガラスを流し込む型を粘土で作ってもらった。教室は好評で、今年は年3期の開講、初回は3月からを予定している。受講料は、材料費など必要経費程度に抑えたうえさらに割り引きもするため利益はほとんど出ない。ガラスの魅力を、もっと身近に感じてもらいたいからだという。
 実は親方には、相模原バレーボール協会理事長というもう一つの顔があり、「バレーにもっと関わりたいから独立したのかも」と、冗談とも本気ともつかない風に笑う。芸術家志望でも何でもなかったバレーボール好きの「普通のお父さん」が、ガラスに魅了されて「硝子職人」になった。
「ガラスは光を宿すことではじめて輝く。そういうところに惹かれるんでしょうね」

 

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