いまだ平成不況から抜けきれない日本。そんな状況のなか、定年間近に奮起して脱サラを決意、ブルーベリー農園を開園した木下さん。54歳の未知なる挑戦にエールを送りたい。
定年を間近に控え、ふと考えることがあった。このまま定年を迎えるか、または思い切って新しいことを始めるのか…。脱サラを考えていたときに、ある記事が目にとまる。それは同じ町田市内でブルーベリー農園を経営している人のエピソード。ほんの少しだが興味を持った木下さんは、さっそくインターネットで調べてみることに。幸い、遊ばせている畑地もあったことからチャレンジしてみようと早期退職を決意した。
◆ 畑違いの挑戦
木下さんの以前の仕事は、電子回路等を扱う技術職。サラリーマンが農業に転身するのだから、まったくの畑違いに戸惑いもあった。退職までの半年間、とにかくブルーベリーについて勉強し知識を詰め込んだ。ブルーベリーといえば、目にとても良いということで話題になり、そしてブームにもなった。今では健康食品などに必ず登場するほど定着している。
「それでも最初の半年間は、ブルーベリーがこんなに世の中で騒がれていることすら知りませんでした。(笑)」
調べていくと、日本では既にブルーベリーの栽培が広く行われていることもわかった。同じ町田市内や相模原市内にも数軒のブルーベリー農園があり、それらを訪ねてまわった。すると、どこへ行っても親切丁寧にブルーベリーのことを教えてくれる。
「以前の会社では自社の技術を他社に教えるのはタブー。それはサラリーマンとしては当然のことでしたが、農家の人たちは本当に何でも教えてくれるんです」
そうしたふれあいが心地よくなってきたのか、考え方も少しずつ変わってきた。機械好きで植物にまったく興味がなかったはずが、今ではブルーベリーが可愛くてしょうがないそうだ。
◆ 理想の生活とは
脱サラしてちょうど2年が経過し、ようやく『相原ブルーベリー農園』が先月末に、摘み取り園としてオープンにこぎつけた。周囲は緑に囲まれ、散策路も整備された絶好のロケーション。もともと農家の木下家には畑もあって、オープン期間中は夏野菜の販売も行っている。野菜作りは畑を持っていた父から少しずつ教わるはずだったが、今年の4月に他界。
「ブルーベリーが立ち上がったら、ゆっくり農業も教えてもらおうと思ったのですが、残念です」
それでも試行錯誤を続けながら、父が残してくれた畑で野菜作りに励んでいる。
サラリーマン時代が長かったせいか、未だリズムに乗れないのが1日の生活。普通の農家は日が出てから沈むまでが仕事。毎朝マイペースで作業をはじめ、夜は9時頃まで草むしりをすることも。
「毎朝、定時に出勤して夜は遅くまで残業する、その感覚がまだ抜けきれてないんですよね」
それでも大きく変わったことがある。それはサラリーマン時代と比べて、ストレスを感じなくなったこと。
「今は自分の思うようにやっていますから、ストレスで肉体も精神も疲れ果ててしまうことはありません。体重も以前より8キロも痩せたのに、ご飯の量はかなり増えて、とても健康です」
毎日追われる生活から解放された木下さんはまだ54歳。ブルーベリーの木はだいたい30年くらいが寿命だという。そうすると80過ぎまでは実が生る計算だ。
「ブルーベリーは他の果実と比べても手が掛からないといわれています。自分が生きている間はのんびり続けていきたいですね」
ストレスのない理想の生活。人本来の姿とはきっとこんな感じなのだろう。甘酸っぱいブルーベリーを頬ばる笑顔がそう語っているようだ。
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