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三菱重工業相模原ラグビー部
1981年4月:三菱重工業(株) 相模原製作所を代表する所技になる
《 主な戦歴 》
1983年: 全国社会人大会神奈川県予選・準優勝
1986年: 関東社会人二部リーグAブロック・初優勝
1988年:関東社会人一部リーグ昇格決定戦で東京ガスを破り昇格
1990年〜1994年:神奈川県選手権大会5年連続優勝
1991年〜1995年:東日本社会人大会に神奈川県代表で5年連続出場
1993年〜1994年:関東社会人一部リーグ2年連続同率優勝
1996年:関東社会人一部リーグ同率優勝
1998年〜2000年:神奈川県選手権大会3年連続優勝
2000年:関東社会人一部リーグAブロック2位
2001年:東日本社会人リーグ・チャレンジリーグで2位となり念願の”東日本社会人リーグ”に昇格
2001年:東日本社会リーグ8位
2002年:東日本社会人リーグ・チャレンジリーグで第6位となり関東社会人一部リーグに降格
2002年:関東社会人一部リーグ・Aブロック第4位
2003年:トップリーグ・イースト10昇格 同リーグ第2位
http://www.mhi.co.jp/gsh/rugby/
ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために
「one for all. all for one」 |

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9月12日、東日本地区・社会人最上位リーグ『トップイースト10』の初戦で横河電機に勝利を収めた「三菱重工相模原ラグビー部」。リーグ優勝を果たし、最高峰の『トップリーグ』昇格へ向けて、ラガーたちの熱い戦いがはじまった。
昭和56年4月に発足した「三菱重工相模原ラグビー部」。現在、相良 南海夫監督(早大出身)のもと、部員47名が同社で仕事をしながら、朝と就業後、そして休日返上で練習に励んでいる。創部間もなく頭角を現した当部は、現在まで、神奈川県選手権大会に於いて8回の優勝を経て、3年前念願の『東日本社会人リーグ』に昇格を果たした。
昨年『トップイースト10』に昇格し、第2位と健闘。今季は、初戦に古蒙の横河電機に勝利を収め、リーグ優勝へ向けて志気が上がっている。
「優勝すれば、ワンランク上の日本ラグビー界最高峰の『トップリーグ』への挑戦権を得ることができます。それを目標に、一戦、一戦確実に戦っていきたい」と語る就任して5年目で相良監督は同部の元選手。社会人、そしてラガーとして重ねてきた経験を元に部員を指導している。
◆ ラグビーの醍醐味
グビーは球技では最も多い1チーム15人でプレーをするスポーツ。それぞれ決められたポジションの役割を果たしながら、楕円球を相手のインゴールまで運んで得点を競う。選手はボールを持ち、走り、投げ、蹴ることができるが、たとえ相手ゴールが目前でも、ボールを前方に落としたり、投げたりはできない。
「一つのトライ(相手チームのインゴールにボールを運ぶ)を取るために15名が必死に走り、自分を犠牲にしてでもボールを味方に繋いでゆき、トライを成功させるのがラグビーの醍醐味です。何の防具も身につけずに、スクラムを組んだり、タックルをしたり格闘技に近い要素もありますが、実は、激しい激突をしながらも理論的な動きを瞬時に判断しなければならない知性的な部分も必要とされます」。試合中、怖いと思ったら怪我に繋がる。首を重点的に体を鍛えると同時に、精神力の強化も相良監督の念頭にある。マネージャーやトレーナーたちのサポートも選手の心強い味方だ。
◆ 社会人ラガーとして
部員の半数以上は、県外の高校ラグビー部出身。独身者は同じ寮で生活し、カロリー計算をされた食事で体力を保持している。8時からの就業前にも、自主的に練習をする選手たち。オフシーズンは週に一度、休日を取れるが、シーズン中は仕事とラグビーだけの生活となる。仕事をしながらの選手生活は大変なことも多い。好きでなければ続けられないだろう。
ラグビーは、激しいスポーツなので、選手として体力的な限界がある。
「今だけしかできないから、そこに価値がある。ラグビーを通して学んだチームワークの必要性や精神力は、一社会人として生きていくのに必ずプラスになる…」。監督をはじめ、選手を引退した多くのラグビー部OBたちの実感だ。
当部は「相模川クリーン作戦」参加や、地域交流の場としての『ラグビーフェスタ』を開催。10年前より、ラグビー部OBが中心となり指導する『相模原市ラグビースクール(4歳〜15歳対象)』を開校。県下の大会で優勝を飾る実力をつけてきた。同社の広いグランドで走り回るチビッコたちの中から、将来、三菱ラガーが誕生するかもしれない。
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