ニュースでは「虐待」という言葉が頻繁に流れ、痛ましい事件が報道される。豊かで便利な社会の陰で心に傷を負った子どもたちに必要なことは「過干渉・過剰期待を避け、無条件に愛され、認められる体験のやり直しである―」児童養護施設 所長 藤野知弘さんはそう語る。
◆ 豊かな暮らしの中で
「全国に約550ある児童養護施設に入所する子どもたちは3万4〜5千人。そのうち6〜7割が、親による虐待で入所していると言われています」
児童養護施設 中心子どもの家も、その例外ではない。
「児童福祉法41条に定められた、施設への入所理由のひとつに虐待があります。しかし、制定は昭和23年。戦後、貧しさの中で満足に食事や教育、医療を受けられなかった、やむにやまれぬ中での虐待です。でも、今はちがう」
家も車も持ち、ペットを飼う暮らしの中で親から虐待を受ける子どもたちがいる。世界中でもっとも自分を守ってくれるべき家族の中で、である。
「だから、彼らは誰も信用できません。自分が大事な存在だとは思えないし、将来が輝くものだと思っていない。自分なんかどうせ、としか思えなくなるのです」
自分を大切に思えなければ、他人を大切に思うこともない。その状況から人を信頼し、自分が価値ある存在だと思えるようになるのは、容易なことではない。
◆ 三つ子の魂 百まで
そうした児童福祉の現場を40年以上見つめてきた藤野さんが、今提案するのは、“3才までは、赤ちゃんが泣いたらお母さんがすぐ抱いてあげられる環境を、社会が保障すること”だ。
「お母さんはいつも自分に対して親切であり、100%味方である。そして自分が泣いて不快を訴えれば、いつでも助けてくれる。乳幼児期のそういった体験から、人は人を信じ、自分自身を信じる力を得ていくんです」
その間の経済的援助や、女性の社会復帰支援を社会全体で保障することが、今必要であると訴える。
「時代に逆行した考えだと、批判を受けるかもしれません。それぞれの家庭の事情もあるでしょう。でも、虐待は当事者だけの問題じゃない。日本全体の問題です」
幼児期に人を信じ、人と関わることを恐れずに育った子どもは、各々の長所短所を素直に受け入れ、自分の価値を知り、将来に夢と希望をもつ。この3年間は、大きくなってからでは取り返せないのだ、と藤野さんは話す。
◆ 人を喜ばせる喜び
藤野さんが児童福祉に関わるきっかけは高校生の時。工業技術の学校に社会奉仕の活動をするクラブがあった。
「卓球なんかしてて楽しそうだな、と参加したら、児童養護施設への慰問に連れて行かれたんです」
そこで藤野さんはショックを受ける。誰もが貧しい時代、世の中で一番の不幸は “貧困”だと思っていた。
「それが、親と一緒に暮らせない子が、こんなにいる。驚きでした」
子どもたちと一緒に歌を歌った。歌に自信があるわけではなかったが、子どもたちの喜ぶ顔に自らも満たされた。
「『フジさん、また来て、歌ってよ』そう言われて通うようになりました。母も黙って交通費を助けてくれて…」
高校卒業後も仲間と奉仕活動を続け、数年後、児童養護施設の職員となった。
◆ 親子が信頼し合う豊かさ
施設に子どもが入所してくる時、ほとんどの親は心を閉ざした表情をし、そっぽを向いている。自分自身も苦しみ、周囲に責められてきたからだ。
「お母さん、辛かったでしょう。そう声をかけます。母親自身も、評価されず、褒められず…お前はダメな子だ、そう言われて育っています。だから、そう育てることしかできない。誰も責められません。子どもを育てることは、本当に大変なことですから」
そして必ず面会に来ること、その時は小言を言わず、子どもをねぎらう、その2つを約束する。母親の優しい表情に、それまで母親の前で緊張していた子どもがだんだん変わる。それは長い長い道のりの、第一歩なのだ。
『子どもと自然』を生涯テーマとし、自然保護活動にも力を入れる傍ら、本や道具を使わない昔ながらの“素話し”をする。そして最近では童謡の中に息づく親子関係のあり方にも注目している。
「人間にとっての、親子関係の大切さが語り継がれています」
本当の豊かさが、そこにはあるのかもしれない。
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